中国緑茶の王様龍井茶を作る vol.7

龍井茶の歴史を皆様に
簡単に紹介させて頂きたいと思います。

古く南宋の時代において、
龍井茶の主要な産区
お茶の地域にある隠霊寺というお寺があります。

このお寺で一番最初
和尚さんがお茶を作りました。

その当時作られていたお茶は餅茶と呼ばれ、
作ったお茶にきっちりと蒸気をあて、

圧をかけて餅状にした茶葉です。
昔は団餅と呼ばれていた物を作っていました。


その時は既に皇帝に
献上される貢品とされていました。


その後、
龍井茶は明の時代に多きな発展を遂げます。

明代に、
天竺寺というお寺のお坊さんがいました。
そのお坊さんが龍井茶の獅峰山に住みました。

そこで十年の人生を送ったそうです。

その際に、
お茶が大好きなこの和尚さんが作ったお茶が
この龍井茶と言われています。

蘇東坡も龍井茶を飲み
絶賛したというのは有名ですね。

この時から龍井茶は
どんどんと有名なお茶になっていきます。


更に明代の時に、明代の太祖朱元璋という方が
以前の団餅から散茶に変えました。

これは龍井茶にとっては
すごく大きなターニングポイントになったと
私は思っております。


その後、清代の乾隆皇帝という方がいるのですが
この皇帝が大変気に入ったお茶がこの龍井茶です。

一番最初に定義されたお茶の分け方ですが
清明節の前のお茶は全て皇帝に献上
される貢品とされていましてた。

清明節の後から
穀雨の前までのお茶を大臣が
飲むお茶とされていました。

この大臣が飲むお茶はすごく高い
と評価がされていまして、

その後、穀雨後のお茶は安い
という三段階の分け方をしております。

これが今も中国茶の中では深く根付いています。

清明節の前のお茶が一番価値のあるお茶になります。

そして、後のお茶は
価値がぐっと下がってしまいます。


乾隆皇帝が六回ほど杭州を訪れていますが
六回共に西湖の周りに行き、お茶を楽しんだり、

獅峰山にある十八株樹という場所があります。

そこで龍井茶を摘んだり、
後は農家の方達が作っているのを見たりと、

大変気に入っていたお茶とされています。

続く・・・

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2011年4月22日 (16:26) | コメント(0) / カテゴリ:中国茶関連

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